【海外記事紹介】「北朝鮮危機は、機能している国務省を持つことがなぜ重要かを教えている」(Vox)

 北朝鮮のミサイルをめぐる緊張が示唆しているのは、外交には外交機関が必要である、ということだ。——そのように説くのは、アメリカのニュース解説サイト Vox の、思わず笑ってしまうようなタイトルの記事「北朝鮮危機は、機能している国務省を持つことがなぜ重要かを教えている」(Zack Beauchamp, "The North Korea crisis shows why having a functioning State Department matters", Vox, 2017/08/29)

 アメリカの「国務省」(Department of State)というのは、日本でいう外務省にあたる。G20のホテルの予約に失敗した際にも指摘されたが、トランプ政権は、要職の任命(nomination)・承認(confirmation)が極端に遅れており、とりわけ外交を担う国務省のスカスカぶりがもたらす支障が懸念されている。そして、北朝鮮をめぐるトランプ政権の対応にその危うさが端的に露呈している、というのである。

トランプ政権の外交は「無能のフラクタル」

 以下、Vox 記事より抜粋:

月曜の夜、北朝鮮は、日本上空を通過するミサイルを発射した。過去に二度だけ行われたことがある、極めて好戦的な動きである。思慮深く見識あるアメリカ側の対応が必要とされる類いの状況である。だが、トランプ政権の外交チームは完全な混乱状態にある。

先週のいくつかのホワイトハウスをめぐる報道によると、大統領は、国務省長官レックス・ティラーソンに不満で、彼を今にも解雇しようとしている可能性がある。〔……〕

ティラーソン自身も、不満を抱えており、北朝鮮をめぐって肝要なスタッフを欠いている、と報じられている。東アジア・太平洋地域を担当する次官補は国務省におらず、韓国大使もいないのである。それらの役職には誰も任命すらされていないのである。

「どのくらい状況が悪いかを説明するのは、難しいです。通常の『悪い』(bad)という定義を超越しているからです」そう説明するのは、マサチューセッツ大学アマースト校でアメリカ外交を研究するポール・マスグレイヴ(Paul Musgrave)教授である。「タイヤや排気管のない車を買うのを、悪いことと言いますか? もしあなたのパイロットが開封されたジョニー・ウォーカーのボトルを手に持っていたら、それは悪いことと言いますか?」


もし日本や韓国が北朝鮮との危機に際してアメリカを頼れないと感じれば、彼らは単独軍事行動に出ることで平壌に向けてシグナルを送る必要を感じるかもしれない。そうした行動は、北朝鮮側のいっそうのエスカレートを招き、危機状況を改善するよりも悪化させ得るものである。


トランプは東京には大使を持っている。それはよいことだが、ソウルには現在のところ大使がいない。〔……〕そして、国務省には、アメリカ政府の対応を調整し、ティラーソンに新しい政策案を用意するトップ・レベルのアジア担当が不在のままなのだ。

結果として、アメリカが北朝鮮に送るシグナルは、無計画でまばらなものとなっており、必要以上にはるかに、大統領の気まぐれに左右されるものとなっているのである。

「私が見る限り言えることは、外交のレトリックのすべてが完全に国内消費向けで、国際的反応についての考慮がないのです」そう語るのは、ミドルベリー国際大学院モントレー校の、北朝鮮の核開発についての専門家ジェフリー・ルイス(Jeffrey Lewis)。「この政権は多くの観点から理想的ではありません。無能のフラクタル〔※〕です」

国防長官のジム・マティスは、日本と韓国のアメリカに対する信頼を強化するために、スケジュールされていた合同軍事演習を続けることで、このギャップを埋めようとしている。だが、マティスもまた職員問題を抱えているのである。国防総省にもアジア太平洋の安全保障を担当する次官補がおらず、誰も任命すらされたことがないのである。

より根本的な問題として、国防長官は危機状況における外交を行うことはできない。それは文字通り国務省の仕事なのである。信頼の厚い、適任な国務長官と不可欠の属官とを欠くなか、こうした危機に際して大きなヘマをやらかすリスクは高まっている。

「戦争や紛争、大規模な人命の損失というのは、依然として起こりそうもないことです」と、マスグレイヴ。「ですが、幾十年もの戦略家たち、教科書、官僚の知恵が正しいとすれば、政府機関が欠如している中で、その可能性は本来そうであるべきよりも高いものとなっています」

〔※〕「フラクタル」とは、「部分と全体とが同じ形となる自己相似性を示す図形」「どのように分解してもその部分が元の全体と同じ形を備えている図形」のこと(コトバンク、参考:Wikipedia日本語) 。

「これまでのレベルと異なる深刻な脅威」?

 記事の出だしは、「わが国を飛び越えるミサイル発射という暴挙は、これまでにない深刻かつ重大な脅威」という不可解な声明を出した日本の安倍晋三総理大臣への軽いあてこすり……というわけでもないのだろうが、それにしても、この手の単純な事実を指摘しない報道が当の日本でまかり通るのは不思議なところ。この記事でも指摘されているように、日本本土上空を通過する北朝鮮による飛翔体発射は、1998年、2009年に続いて3度目のことである(Newsweek日本版)。

 「〔日米首脳〕電話会談で首相はミサイルが日本上空を通過したことに関し『これまでのレベルと異なる深刻な脅威だ』と指摘」したそうだが(共同通信)、「これまでのレベルと異なる」のは、この手のデマを本気にしかねない人の気まぐれで外交が左右される、という、アメリカ政府機関の機能不全状態のほうである。

 現に早速、トランプ大統領がツイッターに「対話は答えではない」と投稿し、マティス国防長官が「われわれは外交的解決から決して手をひいていない」と述べる、といったような、政権内の混乱が露呈している(ロイター)。ここで懸念されるのは、アメリカ側の動き、端的に言えば、アメリカが先制攻撃をしかけてくる可能性を読み取ろうとする北朝鮮側は、国務長官や国防長官の会見よりもトランプ大統領のツイートのほうに注意を向ける蓋然性が高い、ということだ。

 一連の米朝間の緊張の高まりの当初、朝鮮現代史の専門家、チャールズ・K.アームストロング(Charles K. Armstrong)は、Mother Jones の取材に対して、興味深いことを述べていた。北朝鮮側の脅しは、状況を確実にエスカレートさせるものではあるものの、あくまで「自分たちは本気であり、アメリカは自分たちを攻撃すべきではない、とアメリカに確信させようという彼らの戦略の一環」に過ぎないが、それに対するアメリカ側の「脅し」、という事態のほうは新しく、それによって先行きがより不透明なものとなっている、との指摘である。

しかし、〔トランプ大統領が発した〕「炎と怒り」(fire and fury)というのは、北朝鮮側が言いそうな言葉だと人が思う類いのものです。ですから、トランプが彼らのレトリックに対抗しようとしていることは興味を惹きます。過去の大統領は「断固とした態度」や「決心」は表明してきましたが、この手の脅しは用いませんでした。


暴力はつねに過去のアメリカ大統領たちによって仄めかされてきました。というのは、もし北朝鮮が攻撃を実行し、超えてはいけない一線を越えたなら、彼らは破壊的な攻撃に出会うだろう、というものです。これは、直近のオバマ政権の人間からも口にされてきたことです。しかし、トランプが用いている類いのレトリックはこれらと異なりますし、有益なものとは思えません。北朝鮮を挑発して彼らの側のレトリックを同様にエスカレートさせるだけだからです。


どの程度計算されたものなのかわかりませんが、ホワイトハウスと国務省は「良い警官と悪い警官」(a good cop-bad cop game)のゲームを演じているように見えます。トランプが挑発的な声明を出している一方で、ティラーソンが「我々は戦争をするつもりはない、我々は状況を平和的に解決するつもりだ」と言う。ですが、私には、それを北朝鮮側がどのように受け止めるのか分かりません。私が思うに、彼らはトランプに耳を傾け続け、そして対話を通じた何か別の出口がない限り、状況をエスカレートさせ続けるでしょう。事態が手に負えなくなるより前に、アメリカがより焦点を合わせたアプローチと、北朝鮮に対する一貫性のあるメッセージとを示すことが緊要だと、私は思います。

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