【ゲームレビュー】『Night in the Woods』:壊れた世界で、約束されない未来を生きる

作品名:Night in the Woods
開発元: Infinite Fall
販売元: Finji
発売年: 2017
PC(Steam

 プレイし終えてからだいぶ経つが、なかなか感想がまとまらない。もっとも、展開として何が起きたのか、テーマとして何が語られているのか、そういった部分は、意図された曖昧さも含めて、比較的明快で、かなりストレートでさえある作品だ。ただ、それについてどう受け止めるべきなのか、というこちら側の反応の面で考え込まされるのである。率直に、力強い作品だと思う。身の震えるような怒りや絶望や悲しみがあり、そして、それをまた包み込むような前向きな明るさがある。

 以下、物語後半の具体的なネタバレは避けるが、作品のテーマについての解釈を含むので、予備知識なしにプレイしたい方は要注意。

「世界はものすごく悪い状態にあるよ」

 主人公メイ・ボロフスキー(Mae Borowski)は、大学をドロップアウトして故郷の町ポッサム・スプリングス(Possum Springs)に戻ってきた20歳の女の子。どうして大学を放り出してきたのか、これからどうするつもりなのか。両親とのそんな会話を先送りしつつ、地元でそれぞれ職に就いている高校の友人たち(ビー、グレッグ、アンガス)との再会を果たすメイだったが、町で不穏な出来事を目撃し、生々しい奇妙な夢にも悩まされ始める・・・。

 ・・・と、おおまかにまとめると、そんなあらすじとなるが、実際のゲームプレイから受ける印象は少し違うかもしれない。確かにプロットの中心には「森の中での一夜」というタイトルが暗示するような、仄暗い〈謎〉があり、終盤にはその全容が明らかとされるが、他方でゲームプレイは、そういうミステリー/ホラー的展開とは一見異質に思える単調なサイクルによって構成されてもいるのである。プレイの大半の時間が費やされるのは、3人の親友たちとの、ときに他愛なく、ときに切ない交流であったり、両親とのどこかぎこちのない会話であったり、あるいは彼らのもとを行き来する合間に通り過ぎたり寄り道したりする町の風景を眺めることそれ自体であったりする。


キーボードでプレイしたのは失敗、と反省・・・

 単純化すれば、プレイのほとんどの時間は、ベッドで目を覚ます→母親と会話→外へ出かけ町を散策→それぞれの職場にいる友人たちのもとへ→一緒に時間を過ごす相手ごとによって異なるイベント→帰宅して父親と顔を合わせる→ベッドへ・・・というサイクルのなかに収まる、と言っていい。居心地のよさと焦燥感とを同時に誘うような、この閉じたサイクルを通じて、プレイヤーは、それぞれの登場人物の背後にある物語に触れ、ポッサム・スプリングスという町の置かれた「いま」を肌で感じていくことになるのである。

 ポッサム・スプリングスの置かれている「いま」とは、どのような「いま」か? メイの友人たちはバンドを組んでいて、メンバー復帰させられたメイ(≒プレイヤー)は曲も知らぬまま彼らの練習に参加させられることになる。その一曲のサビでは“I just wanna die anywhere else. ”(「どこか他の場所で死にたい」)と歌われる(リズム・ミニゲームの苦手な私はプレイ中、歌詞に目をやる余裕が全くなく、プレイ後に下のボーカル・カバーを聴いて初めて歌われている中身を理解した)。


♫ Night in the Woods - Die Anywhere Else [VOCAL COVER] | Voyage au Centre de la Toile

どこか他の場所で死にたい
どこか他の場所で死ぬことさえできればいい
さぁ一緒に来て、どこか他の場所で死のう
ここではない、どこかで・・・

【2017/11/13追記】上の動画の最初の投稿は「暴力を助長する」という理由でYouTubeに削除されていたそうで、再アップされたものへとリンクし直した。

しがみつくべき時、手放すべき時

 冒頭からはっきり示されることとして、物語は、いわゆる「ラストベルト」(Rust Belt)、斜陽鉄鋼業地帯の町を舞台としている。
 「ラストベルト=錆びた地帯」とは、2016年のアメリカ大統領選でドナルド・トランプの支持地盤として繰り返し取り沙汰されたアメリカ中西部地域の通称だ。故郷に戻ったメイを最初に迎える風景は、町のはずれに解体もされないままそびえ立つ廃工場。また、メイは母親との会話から、1年ほど前に地元のスーパーマーケットが潰れたことも教えられる。かわいらしい絵柄の擬人化された動物たちが登場人物だが、物語の舞台が経済的・社会的不安に苛まれた現代アメリカであることをこのゲームはプレイヤーに繰り返し思い出させる。

 もちろん、2014年にKickstarterでクラウドファンディングを募った本作は、トランプの選挙キャンペーンよりはるか以前から制作が進行していたものだから、結果的に、現実との符号が際立つ、予見的な内容となったと言えるのだろう。

 「ラストベルト」が絶望や怒りの震源地として見出されるのは、そこが「かつては工業の栄えた」地域であるからだろう。すなわち、約束されていたはずのものを奪われた、裏切られた、という感覚が深い傷として絶望や怯えや怒りを呼び起こすのである。そこから「取り戻すべきもの」として語られ始める過去は、往々にして都合よく美化された空想の所産であったりはするが、それでもしかし、「奪われた」という痛みそのものはリアルなものだ。しがみつこうとしている対象をどう考えるかは別として、しがみつこうとするその必死さのなかには何か否定しがたい真実味がある。

 ただ同時に、『Night in the Woods』のメイン・キャラクターたちが生きているのは、その次の世代の置かれた現実でもある。彼らが抱えているのは、「奪われた」という後ろ向きの怨恨であるよりも、むしろ、初めから約束されていない未来を生きる、その痛みと不安だ。一見楽天的に映ったり冷静に見えたりする彼らは、それぞれのやり方で、この痛みと不安を、静かな怒りとともに何とかやり過ごしている。世界は自分たちにとって機能していない。その現実をはっきりと認識しつつ、とりあえず今はみんなで(マズい)ピザを食べるのだ。彼らもまたやり場のない怒りを持っているが、腐臭を放ち始めているノスタルジアは彼らの選択肢ではない。

 このゲームの3人の作者たちは、物語の政治的な寓意について率直である。あるいは「寓意」などという一歩身を引いたものではなくて、等身大のキャラクターたちを通じて、プレイヤーが物語の根幹にある不安や苛立ちや希望を共有してくれることをはっきりと望んでいる、と見て間違いなさそうだ。私は、それをよいことだと思う。

結論
 

 今のところ一周のみプレイ。プレイ時間は10時間ほど。細部のセリフが振り返って見ると、入念に一貫したテーマを形作っていたりして、プレイし終えてからじわりじわりと物語やキャラクターの心情がしみ込んでくる、そんな作品だ。プログラミングを担当しているアレック・ホロウカ(Alec Holowka)によるサウンドトラックも美しい。

 会話の選択によるプロットの変化はほとんどないように思われるが、一回のプレイでは3人の友人たちとのイベントの全てを見ることはできないようになっているようだ。随所に印象に深く残るシーンやセリフがあるし、見逃した場面をぜひ見たいと思わせるが、オートセーブのみのため、もう一周通してプレイする以外にリプレイする手立てがないのが少し残念。チャプター形式になっているのだから、せめてチャプターごとでリプレイ出来るようにして欲しいところ。


Night In The Woods Trailer


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